旅の終わり、映画のはじまり

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映画『アルプススタンドのはしの方』:高校演劇が生んだ傑作青春映画

『アルプススタンドのはしの方』

 


映画『アルプススタンドのはしの方』予告編

 

 TBSラジオ『アフター6ジャンクション』を通じて知った本作。ツイッターでの評判もとても良さそうです。

 管理人は野球経験はなく、野球観戦の経験は片手で数えるほど。青春と言える年齢でもなく、この映画も完全ノーマークでした。

 そんな管理人でもこの映画は楽しめるのか、何か受け取ることができたのでしょうか。

あらすじ

 第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞となる文部科学大臣賞を受賞し、全国の高校で上演され続けている兵庫県東播磨高校演劇部の名作戯曲を映画化。

 夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のため、演劇部員の安田と田宮は野球のルールも知らずにスタンドにやって来た。そこに遅れて、元野球部員の藤野がやって来る。訳あって互いに妙に気を遣う安田と田宮。応援スタンドには帰宅部の宮下の姿もあった。成績優秀な宮下は吹奏楽部部長の久住に成績で学年1位の座を明け渡してしまったばかりだった。それぞれが思いを抱えながら、試合は1点を争う展開へと突入していく。

 2019年に浅草九劇で上演された舞台版にも出演した小野莉奈、⻄本まりん、中村守里のほか、平井亜門、黒木ひかり、目次立樹らが顔をそろえる。

 監督は数々の劇場映画やビデオ作品を手がける城定秀夫。

2020年製作/75分/G/日本
配給:SPOTTED PRODUCTIONS

 映画.comより

 全国高等学校演劇大会とは

 高校演劇の全国大会で、毎年7月下旬から8月上旬にかけて行われています。wikipediaによれば2016年には全国で1918校が参加し、そのうち全国大会に出場できるのはわずか10校だそうです。

 演劇の上演時間は60分が上限で1秒でも超えると失格(!)。映画版の本作も上映時間75分とかなり短く、気楽に観られる作品となっています。

監督

 本作の監督は城定秀夫(じょうじょう・ひでお)さん。Vシネ・ピンク映画など様々な作品を世に送り出している職人監督。

キャスト

 主演は小野莉奈さん。その他キャスト含め、浅草での舞台版から続投のキャストが多いそうです。

 

感想

 まずはツイッターの短評から。 

基本的には青春コメディ映画

 本作はほとんどの場面がタイトルの通り「アルプススタンドのはしの方」で展開される、会話劇です。野球選手の姿は、一度も映りません。それなのに全く退屈しないどころか、笑って泣けて胸が熱くなる。そんな不思議な魅力を持った脚本こそが、本作の肝。

 会話の場面が始まると、すぐに映画館にクスクス笑い声が漏れ始めます。本当に笑えます。劇場用パンフレットには原作の高校演劇の台本が収録されているので、ぜひ読んでみて欲しいのですが、原作は関西弁のトリオ漫才のようになっております。もちろん、滅法面白いです。映画版では、原作からの登場人物の追加や場面の変更、会話も標準語になっているのですが、このテンポの良い会話は、関西のノリがあったからこそ実現したものだと個人的には思っています。

 

原作からの変更点

 原作からの変更点は、実は結構あります。いくつか例を上げると

  • 登場人物が大幅に増えています。原作では舞台に登場するのは4人の高校生のみ。熱血教師、吹奏楽部の三人は原作から追加されたキャラクターです。ですので「人生は空振り三振の連続」「人生は送りバント」などのセリフや、宮下と吹奏楽部の絡みも、原作にはなかったものです。
  • 冒頭の、関東大会出場断念のシーンが追加されている。
  • 社会人になったあとの後日譚が追加されている。

などです。これだけ変更点がありながら、原作の良さを損わず映画化までしてヒットしているわけですから、すごいと思います。

特に感動的だったポイント

 泣かせるポイントが多い本作。その中でも、

 

 「自分が舞台に立てなければ頑張ってもしょうがない」

 「試合に出れないのに練習してもしょうがない」

 「才能に差があるのだから負けてもしょうがない」

 「応援なんかしてもしょうがない」

 そんな「しょうがない」と言ってばっかりの主人公。

 しかし、本当は野球の監督がしたいのに我慢して応援を頑張っている先生、野球の才能がないのに練習を続けついに試合に出場する矢野などの姿を観て、また同級生たちとの会話を通じて徐々に心を開いていく。

 最初は馬鹿馬鹿しく思っていたけれど、人を応援することで、自分が元気になっていくことに気が付く。

 「全国大会には出られなくても、もう一度演劇がやりたい」

 と、ちょっとだけ成長して、次の目標を見つけていく。

 

 あー、思い出すだけで涙が。

 

 元野球部が叫び出すシーンも、ベタなのに、泣ける。

 ナイス演奏!も、ダサいはずなのに、泣ける。

 

 劇場用のパンフレットに原作者の藪先生のインタビューが載っており、本作を思いついた経緯について書かれています。藪先生の母校が甲子園に出場し、友人に声をかける。しかし「自分が物理の大会で全国に行った時は誰も来てくれなかった」と断られてしまう。一人で行ってみたら思いのほか感動した、という実体験から「これは演劇になるな」と思われたそうです。いやー、ナイス母校。ナイス友達!ですね。

考察

 この映画のテーマは、ずばり「しょうがない」という言葉についてだと思いました。特に今のコロナの情勢の中、甲子園も中止、オリンピックも中止。経済の先行きも不透明で、いつ自分や大切な人が感染し命を落とすかもわからない、不安と恐怖。何もかも「しょうがない」という気分になってしまいます。

 コロナに限らず実際、「しょうがない」ってことも多いし、そう思わないと前に進めないことは、人間だったら沢山あるものだと思います。

 しかし、目に見える結果・活躍する自分だけが人生の価値だと思って生きるより過程も大事って思えた方がいい、まして他人が頑張っているのを端からみて勝手に「しょうがない」っていうのはNGだよ、というのが本作のメッセージなのかな、と思いました。

些細ながら疑問が残った点

 エピローグで、矢野がプロ野球選手になるというのは、ちょっと疑問が残りました。やはり非現実的だし、「諦めなければ夢は叶う」みたいな別の話になってテーマが薄れると思うからです。せめて園田と同じように実業団で頑張っているとか、元野球部と野球用品の仕事のライバルになっているとか、そのぐらいの現実的な着地にしないと、逆に平凡でそこそこのところに収まっている主人公たちの人生が矮小化されてしまうような気が・・・しないでもないです。

 まあでも、ちょっとした後味の好みの問題で、傑作であることに変わりないです。

最後に

 まだまだ間に合いますので、すぐ劇場に行って欲しいと思います!

 

満足度 5点中5点!

 

アルプススタンドのはしの方

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  • 発売日: 2020/08/28
  • メディア: コミック
 

 

 

舞台上の青春 高校演劇の世界(仮)

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